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[医療解説] 脳脊髄液減少症… 「外傷も原因」 国が確認 事故補償に道筋

脳と脊髄の周囲を満たす水分「脳脊髄液」が漏れて減り、頭痛など様々な症状が表れる脳脊髄液減少症。国の研究班が今年6月、「外傷でも起こる」と認めた中間報告を公表するなど、診断・施術の指針づくりが進み、将来の保険適用に向けた第一歩が踏み出された。(佐藤光展)

 脳脊髄液減少症は、体を起こすと表れる頭痛(起立性頭痛)に加え、吐き気、嘔吐、首の硬直、めまい、視力低下、耳鳴りなど様々な症状が表れる。

 脳脊髄液の役割は十分解明されていないが、脳・脊髄の保護や、栄養補給などの役目があると考えられている。液を閉じ込めている硬膜の小さな穴から 液が外に漏れて減り、水位が低下すると、液の中に浮かぶ脳の位置が下がり、脳から出る神経が引っ張られるなどして影響を受け、症状が表れると考えられてい る。

 脳脊髄液の減少で、様々な症状が表れることは以前から知られていたが、脳神経外科などの専門医の間では「交通事故などの外傷で硬膜に穴が開くこと は考えにくい」との考えが一般的だった。そのため、患者は「心の病」と決めつけられたり、「事故の補償目当てでうそをついているのでは」などと思われたり して、苦しんできた。

 そこで厚生労働省は、専門医らによる研究事業「脳脊髄液減少症の診断・施術の確立に関する研究」を2007年に開始。起立性頭痛の症例を100例 集め、発症の経緯や検査画像を詳細に検討した。その結果、外傷をきっかけに脳脊髄液の漏れが起こったケースを5例確認。今年6月、「交通事故などの外傷が 契機になることは、決してまれではない」との判断を明らかにした。

 山王病院脳神経外科副部長の高橋浩一さんは「外傷で脳脊髄液減少症になると国が認めた画期的な報告。患者の切実な訴えが、やっと国に届いた」と喜ぶ。

 これにより、交通事故の自賠責保険や労災の認定でも、この病気が事故の後遺障害と判断され、患者は正当な補償を受けやすくなると期待されている。

 脳脊髄液の漏れを確認するには、微量の放射線を放つ薬品を腰から入れ、特殊な画像装置で変化を観察する検査(脳槽シンチレーション)などを行う。 施術は、事前に採取した患者本人の血液を少量、腰椎などから注射し、血を固めて硬膜の穴をふさぐブラッドパッチ療法が行われる。

 費用は病院により異なるが、目安は1回あたり約30万円(入院費含む)。数日から1週間程度の入院が必要になる。1回では十分な効果がなく、時期をあけて2、3回行うこともある。

 同病院では、この施術を受けた患者約1200人のうち、75%で症状が改善した。15歳以下の子どもの患者(約100人)は、さらに施術成績がよく、90%で効果があった。一方、施術に伴い全身の強い痛みなどが1%弱に起こる。

 高い効果が期待できる施術法だが、高額な費用を支払えず、断念する患者が少なくない。国の研究班は今後、ブラッドパッチ施術の有効性を検証。効果が確認されれば、入院費などに保険が使える高度医療に申請し、さらに今後、保険適用される可能性が高まる。

(2011年7月7日 読売新聞)

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●「脳脊髄液漏れ」注目集める 施術にブラッドパッチ法

 交通事故やスポーツによるアクシデントなど腰椎(ようつい)や頸椎(けいつい)への強い衝撃をきっかけに、激しい頭痛、めまい、思考力低下などが続く、難治性のむち打ち損傷。患者は全国で10万〜30万人ともいわれる。原因不明で有効な施術法がなく、「精神的なもの」とされる場合も少なくなかった。しかし、脳や脊髄(せきずい)を保護する脳脊髄液が漏れ出して起こる「脳脊髄液減少症」との関係が指摘され、治癒への光も見え始めた。専門医はまだ少なく、研究体制も確立していないため、患者支援団体が国への働き掛けを強めている。(上奥良)

 ●続く手足の痺れ

 北九州市小倉北区の男性(62)は2002年4月、信号待ちで停車中、後ろから来た車に衝突され、病院に運ばれた。退院後も「万力で締め付けられる」ような頭痛や手足の痺(しび)れなどが続いた。

 「このまま治らないのではないか」。暗たんたる気持ちのまま市内の病院を転々としたが、原因が分からず、うつ病と診断されたこともあった。

 脳脊髄液減少症のことを知ったのは、事故から約1年後。新聞広告に出ていた本を読んだのがきっかけだった。専門医の診断を受けたところ、腰椎から髄液が漏れていることが判明した。

 脳や脊髄は頭蓋(ずがい)骨や脊柱(せきちゅう)がつくる空間に満たされた無色透明の脳脊髄液のプールに浮いており、液体が漏れないように硬膜と呼ばれる厚紙ほどの硬さの膜で守られている。硬膜は腰部では比較的薄く、破れやすい。脳脊髄液減少症は、この硬膜が外部からのショックで破れ、じわじわと髄液が漏れだす病気だ。

 ●朝や夕にひどく

 漏れた髄液は静脈に入り、体外に排出されるが、髄液が漏れると、重力で脳の位置が下がったり、神経が圧迫されたりして脳の機能が低下。このため、頭痛や目まいが起きる。

 起立する時に起きるのが特徴的で、朝、活動を始めたときや夕方から頭痛がひどくなるといった傾向もある。このほか、頸椎部や背部の痛み、嘔吐(おうと)、視力・聴力障害、記憶力や思考力の低下などの症状もあるという。 半年以上症状が続き徐々に悪化すると、歩行ができなくなったり、頭痛が激しく寝たきりになるなど日常生活に困難を来す場合がある。同症単独では、生命に危険が及ぶことは少ないとみられているが、慢性硬膜下血腫などの二次病態を引き起こすと、生命に危険が及ぶこともある。

 約5年前、国際医療福祉大付属熱海病院(静岡県熱海市)の篠永正道教授(脳神経外科)がむち打ち損傷の患者に硬膜が破れているケースが多いことから、関連性を指摘。交通事故以外にも、ストレッチ運動や激しいせき、出産時の力みなどでも硬膜破損が起こると考えられている。

 ●7〜8割に効果

 約50例を診てきた医療法人社団高邦会高木病院(福岡県大川市)の中原公宏脳神経外科部長によると、原因となる髄液漏れの発見はエックス線検査など従来の方法では難しい。

 このため、診断には頭部、脊髄のMRI(磁気共鳴画像)検査や、ガンマ線を用いて脳脊髄液の流れを確認するRI脳槽シンチグラフィーを行う。頭部の変化や体内の髄液の状態を数時間ごとに確認することで、髄液漏れの場所を発見する。

 自然治癒する場合も少なくないが、施術の中心は「ブラッドパッチ法」(自家血硬膜外注入療法)。静脈から事前採取した自分の血液を背中から 20―30cc注入し、髄液の漏れている場所を血液の凝固作用でふさぐ方法だ。自分の血液を使うので副作用は少ないが、感染症などを引き起こす危険性もあるという。

 同法の一般的な施術は4日から1週間の入院が必要で、施術と施術の間隔は平均3カ月ほど。1回の施術で約3割、2、3回目では7―8割に効果が見られるという。施術費は入院代を含め、6万円から10数万円。施術に保険は適用されていない。

 ●研究推進を求め

 一方、損保会社の大半が、交通事故と脳脊髄液減少症との関係を積極的には認めておらず、訴訟になるケースが全国で相次いでいる。こうした状況の中、元患者や医師らが02年5月に発足させたNPO法人(特定非営利活動法人)「鞭(むち)打ち症患者支援協会」(中井宏代表、本部・和歌山市)が活動を展開。病名の普及や、本やインターネットを通じて情報提供をする一方、同症の研究推進やガイドライン作りを国に求め、署名活動に取り組んでいる。東京や大阪、島根など計16の都府県議会が国への意見書を採択。福岡県でも現在、活動が行われている。

 中原医師は「この病気の研究は、むち打ち損傷との関連も含め、まだ初期段階で、これからもっと臨床結果を集めるとともに、患者が社会復帰できるような仕組みを整えていきたい」と話している。

【写真説明】脳脊髄液減少症の主な施術法であるブラッドパッチ法=篠永正道・国際医療福祉大付属熱海病院教授提供(出典…『ホスピタウン』日本医療企画)

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